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京都地方裁判所 昭和43年(ワ)149号 判決 1975年3月25日

原告

日本労働組合総評議会京都地方評議会

右代表者議長

福井房之助

右訴訟代理人

能勢克男

外二六名

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右指定代理人

上野至

外四名

被告

京都府

右代表者知事

蜷川虎三

右訴訟代理人

鈴木国久

外三名

主文

一  被告京都府は原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和四一年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告国との間においては全部原告の負担とし、原告と被告京都府との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告京都府の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告は、「被告らは各自原告に対し、金一〇万円及びこれに対する昭和四一年七月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告らは、いずれも、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  原告の組織概要とその目的

原告は、京都府下に所在する単位労働組合、単位産業別労働組合等のうち、三五の団体をその傘下におさめ、組織総員一二二、五〇一名を擁する労働組合連合組織体である。

原告の目的は、日本労働組合総評議会が創立に際して採択した基本綱領の趣旨、すなわち自由にして民主的な労働組合運動を強固な基礎の上に確立することに存する。

2  第五回日米貿易経済合同会議

(一) 第五回日米貿易経済合同委員会の会議(以下単に日米会議という。)は、昭和四一年七月五日から七日までの三日間にわたつて、京都市左京区宝ケ池の国立京都国際会館(以下単に国際会館という。)において開催され、日本政府を代表して椎名外務大臣外六名の閣僚が、アメリカ政府を代表してラスク国務長官外七名の委員が出席した。

(一) 右日米会議の主要目的は、つまるところアメリカ帝国主義者の「中国封じ込め政策」と「ベトナム侵略戦争」を中心とするアジアの侵略支配政策に、日本政府がいかなる形、方法、程度において協力するかについて実践的討議を行なうことにあつた。

3  日米会議に対する日本国民及び原告の反対運動とデモ申請

(一) 日米会議の開催、ラスク国務長官をはじめとするアメリカ政府代表団の入国、京都への入洛に対して、良心的、人道的若しくは民主的、革新的な人人や諸団体は、こぞつて反対の声をあげた。

原告、日本社会党京都府本部、日本共産党京都府委員会は、これらの声を結集して共同による反対闘争の態勢を組んだ。

これらの声は、ラスク国務長官、推名外務大臣らに直接伝えられ、彼ら自身の目と耳とによつて認識されることを必要とする性質のものであつた。

(二) そこで、原告は、左記の集団示威運動(以下本件デモという。)を計画して、「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二九年京都市条例第一〇号)」(いわゆる京都市公安条例。以下単に本件条例という。)にのつとり、昭和四一年七月三日、原告代表者松井巌名をもつて京都府公安委員会(以下単に府公安委員会という。)あてに本件デモの許可申請手続をした。

(1) 主催者 原告

(2) 日時 昭和四一年七月五日午前八時から正午まで。

(3) 進路 (イ) 京福電鉄宝ケ池駅前……幡枝通り……国際会館専用道路……狐坂……ノートルダム女学院前(流れ解散)。

(ロ) 右の逆コース

(4) 参加予定団体及びその代表者

原告傘下労働組合、日本社会党、日本共産党。

以上代表者 松井巌

(5) 参加予定人員

前記進路(イ)及び(ロ)それぞれ約一、〇〇〇名

(6) 目的及びスローガン

日米会議反対。ラスク国務長官の入洛抗議。ベトナム戦争反対。ベトナムにおけるアメリカの北爆の即時中止。その他

(7) 名称 日米貿易経済合同委員会反対、ラスク米国務長官入洛抗議デモ

4  府公安委員会の本件デモ不許可処分

府公安委員会は原告の前記許可申請に対し、昭和四一年七月四日本件条例第六条に基づく処分としてこれを不許可とした。その理由とするところは次のとおりである。

「本件集団行動は、日米貿易経済合同委員会に反対し、ラスク国務長官に抗議するため、京都総評傘下労組、社会党、共産党等の諸団体の構成員によつて、二コースにわかれ、それぞれ約一、〇〇〇名によつて七月五日午前八時から正午までの間において行なわれるものであるが、当日は日米貿易経済合同委員会開催の初日に当り、日米両国の会議関係者多数が車輛により国際会館に出入りすることは新聞報道等によつても明らかなことである。しかも、これら会議関係者が国際会館に至る道路は、申請されたデモ行進の道路以外にはないのであつて、かかる道路を会議関係者が通行する場合は、デモ行進の目的等から考えても、群集心理の赴くところ不測の事態を惹起し、会議関係者の身体又は自由に直接危険を及ぼすことは明らかであり、かつ、国際会議の平穏な進行に及ぼす影響もまた大であつて、会議関係者の自由に、直接かつ明白に危険が及ぶものと認められる(以上の理由を(イ)の理由という。)

なお、いわゆる国際会館専用道路は、国際会館の管理地であつて、会館側は会議開催期間中会議関係者以外の一切の通行を禁止する旨を明らかにしている。従つて、かかる専用道路をデモ行進で通過する場合は双方の間で衝突することは明らかである(右同(ロ)の理由。)。

以上の諸点を総合判断したところ、申請のデモ行進が実施されるならば、公衆の生命、身体、自由又は財産に直接危険が及ぶと明らかに認められる。

従つて、集会、集団行進及び集団示威運動に関する京都市条例第六条の規定に基づき不許可処分とするものである。」

5  本件不許可処分の違法性

右不許可処分は、以下の理由により著しく明白かつ重大な瑕疵を伴なうものとして違法である。

(一) 本件条例の違憲性

本件条例は憲法第二一条に違反する違憲の立法であるところ、府公安委員会はこのような違憲無効の条例を適用して本件デモを不許可としたのであるから、この不許可処分もまた違憲無効たることを免れない。すなわち、

(1) そもそも、憲法第二一条が保障する表現の自由は、民主主義社会の根幹をなし、人権保障規定の中でも最も重要な地位を占めるものである。なかでも集会、集団行進、集団示威運動(以下単に集団行動という。)の自由は、表現の自由の中で中核的地位を占めるものといわなければならない。マスコミユニケーションが驚異的に発展した現代において、思想、言論の自由を行使して大衆に思想を伝達するためには巨額の資本を必要とし、財産をもたない一般大衆は、ひとりひとり孤立した個人として自己の意思を表明する機会を持たないところから、集団を形成し、集団を通じて積極的に自己の思想を表示するようになるのは必然であり、唯一の手段とも言えるからである。このような意味で、集団行動の自由は表現の自由の最後のとりでともいうべきものである。

(2) 本件条例は第二条において、「道路その他屋外の公共の場所で集会もしくは集団行進を行なおうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行なおうとするとき」は、府公安委員会の許可を要すると規定しているが、これは、集団行動の自由を事前に、一般的に禁止するものであり、表現の自由の侵害そのものである。もつとも、第六条は「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならない。」と規定し、「明白かつ現在の危険」の原則を導入することによつて原則的には許可を義務づけてはいるが、これによつて本件条例の合憲性が担保されるものではない。

まず第一に、「明白かつ現在の危険」の原則は、経済的自由権と精神的自由権との間に質的差異を認め、精神的自由権の優越的地位を保障しようとするものであるが、それにも限界があり、集団行動による現代の表現の自由を問題にする場合には必ずしも適切な指針とはなりえない。なぜならば、右原則の適用のためには、「何が危害であり、それは誰にとつての危害であるか。」という問題が前提として解決されなければならないが、憲法についても国民の中に基本的対立がみられ、著しく政治的安定性を欠く日本の政治状況の下では、集団行動にさし迫つた危害があるかどうかが問題となる前に、そもそも危害であるかどうかという判断自体に対立があるからである。しかも、右原則は自由の制限を合理化するために登場した事後処罰立法に関する原則であつて、公安条例の如き表現の自由の事前規制の原則として妥当するものではない。

第二に、仮に、「明白かつ現在の危険」の原則を表現の自由の規制原理として適用するとしても、本件条例は違憲である。すなわち、規制の対象となる集団行動の場所の特定についてみると、本件条例は第二条において、集会と集団行進については「道路その他屋外の公共の場所」で行なう場合、集団示威運動については「場所のいかんを問わず」許可を必要としているが、これらによつて場所の特定を認めることはできず、集団行進の大部分が示威的要素を含み、事実上集団行進と集団示威運動とは同一の機会における統一行動として行なわれることが一般的であるから、結局、すべて「場所のいかんを問わず」許可を必要とするのに等しいのである。さらに、許可基準についても全く抽象的で不明確であり、府公安委員会が権限を濫用して大衆行動の自由を左右することは十分ありうることである。また、救済手続の点についても、府公安委員会がなんらかの理由で許可申請に対し、行動実施日時まで許否を決定せずに放置し、又は不許可処分の主催者に対する通知を怠つたような場合、申請者とこの集団は、集団行動を行なつて差支えないという明文の規定がない以上、その主催者、指導者らは、これらの行動をあきらめるか、仮に強行するとしても、無許可の集団行動として少なくとも警察の取締り、あるいは処罰の対象となることを容認しなければならない。さらにまた、本件条例の規定が許可と届出を明確に区別していることを考えると、右許可は単なる確認、受理のための届出とは到底理解できず、一般的禁止を前提とした許可と解せざるをえない。

以上を総合すると、本件条例による集団行動の規則は、憲法上特に重視すべき表現の自由の制限として、必要にして最少限度の範囲をはるかに逸脱したものといわなければならない。

(二) 本件不許可処分の違憲性

(1) 仮に、本件条例は合憲であるとしても、本件不許可処分は憲法第二一条に違反する違憲無効の処分である。

まず、本件条例第二条本文によれば、デモなどを行なおうとするときは「公安委員会の許可を受けなければならない」とあるが、これを憲法第二一条の精神にのつとつて解釈すれば、ここにいわゆる許可の法的性質は、府公安委員会の許可があつてはじめてデモなどができるという趣旨ではなく、実質的には届出と解すべきであり、その限りにおいてのみ本件条例は合憲ということができる。そして許可なる文言は、必要かつ最少限度の制限をすることができる趣旨を規定するにとどまるものと解すべきである。

また、本件条例第六条についても、許可をする場合に右の趣旨での必要最少限度の条件を付することができる旨規定しているにとどまると解すべきであり、かく解してはじめて同条は合憲ということができるのである。

(2) ところが、本件不許可処分は、左記の事実から明らかなとおり、本件条例第二条、同第六条の解釈運用を誤り、あるいは同条の規定する限界を逸脱した結果、憲法第二一条の保障する表現の自由を侵害したものとして違憲無効である。

(イ) 本件不許可処分の実質的、政治的理由

前記不許可処分の理由は表向きのものにすぎず、実際は国と府公安委員会(実質的には警察警備当局)が共謀して、あらかじめ、日米会議に反対するデモについてはいつさいこれを認めない政治方針を確立しており、本件不許可処分は右の方針に基づいて行なわれたものである。すなわち、

原告の谷内口事務局長ら数名は、本件デモの正式申請に先立ち、昭和四一年六月三〇日京都府警察本部内の公安委員会室において、湯浅公安委員長と面会し、本件デモの概要を説明して許可をするよう要求したところ、同委員長は本件デモに対する基本的態度として「全面的な禁止をすることは憲法上の保障との関係もあつてできないが、交通状況との関係で多少時間やコースの変更について協力を求めることがあるかも知れないので、この基本方針のもとに具体的な細部について事務当局と話し合つてもらいたい。」と表明したので、谷内口事務局長らは右方針を前提として引続き事務担当の府警警備第二課に赴き、同課林警視に会つて、本件デモ計画の詳細を説明し、事実上の本件デモ許可申請手続を行なつた。これに対し、府警警備当局は同年七月二日に至り、本件デモについては、許可できない旨の通告をしてきた。右通告をうけた谷内口事務局長ら数名は、堀真一警備部長ら警備当局に対し抗議を行なつたが、その際右堀部長は、次のような発言をした。

(A) 日米会議の会議場を起点として半径二キロ以内は、集会、デモをいつさい禁止する。

(B) 右は、府公安委員会の正式な決定ではないが、警備をする警察が責任をもてないと言えば、公安委員会は勝手に許可することはできないから、一〇中八・九公安委員会の結論となる。

(C) 日米会議の成功は国家的使命であり、いかなることがあつても成功させるのが国策である。警備警察としては、その使命達成のために全力をあげるのは至上命令であるから、デモを不許可にする。

(D) 至上命令である限り、憲法違反といわれようが戒厳令といわれようが、いつさいの批判は甘受する。文句があれば裁判所で争え。

(E) 日米会議賛成のデモなら許可する。反対のデモだから不許可にするのだ。

(F) 主催団体である京都総評は信用できるが、とにかく不測の事態に対して万全の措置をとるのである。

右の事実から明らかなとおり、本件デモは、これが本件条例第六条の「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合」に該当するか否かの判断をする以前において、日米会議及びラスク国務長官らの入洛に反対するデモは日本政府の国策に反することを唯一の実質的理由として不許可にされたのである。

(ロ) 明白かつ現在の危険の不存在

(A) 本件不許可処分は右処分理由の一として、本件デモのコース中に国際会館の専用道路が含まれており、右専用道路は国際会館の管理地であつて、会館側は、日米会議開催期間中は会議関係以外の者の通行をいつさい禁止する旨明らかにしていたことをあげるが、原告としては、前述した事前折衝の過程で、右専用道路の通行が不都合な場合は、大回りして北側の宝ケ池通り通行してもよい旨を京都府警警備二課の大同課長に申入れており、そのことは堀警備部長も承知し、府公安委員会にも報告していたのであつて、右専用道路が通行禁止となることは本件デモのコース変更の理由とはなりえても、デモの全面禁止の理由とはなりえない。

さらに、根本的に考えれば、国際会館は、右専用道路について、本件のような場合においては、会議関係以外の者の通行を禁止することはできないものと解される。

すなわち、右専用道路は、本件デモ申請当時から、岩倉実相院行き市営バスの路線となつており、道路法第二条にいう「一般交通の用に供する道」であつた。このような道路についてその通行を禁止するためには、同法第四六条に定める要件が必要であり、国際会館が管理している道路といえども、会館側の恣意によつて通行を禁止することはできない。本件の場合には、同条に定める要件が備わつているとは言えないから、そもそも会館側としても、通行禁止の措置はとれなかつたのである。

従つて、本件デモのコースに右専用道路が含まれていることは、本件不許可処分の理由となりえないことは明らかである。

(B) また、前記処分理由によると、本件デモのコースが日米会議の関係者多数が国際会館に出入りする道路と同一であり、右道路が国際会館へ通じる唯一の道であるところから、本件デモと日米会議の関係者が出会つた場合、会議関係者の身体又は自由に直接危険を及ぼすことが予想されるというのであるが、右会館へは、京都府立資料館の東側の道路を北上し、深泥池の西北側の道路を通り、さらに岩倉自動車学校の東側の道路を北上して、東側に右折し、宝ケ池通り又は修学院幡枝線に出て、右会館に行くという道が存在するのであつて、本件デモと会議関係者の出会いを防ぐ方法は十分考えられた。

(C) なお、被告らは、当時の社会情勢を指摘し、本件デモに過激派諸団体が参加して日米会議の開催を実力で阻止しようとしているとの情報があり、会議関係者の身体、自由に直接危険を及ぼすおそれがあつたと主張するが、これは、次の理由により本件不許可処分の合理的根拠とはならない。

まず、第一に、本件デモの主催団体である原告も、社会党、共産党も過激派学生とはいつさい無関係であつた。それどころか、右原告らは従来から過激派学生をきびしく批判し、明確な一線を画してきたのであり、もし、それら学生がデモに参加しようとすれば、これを拒否し、混入あるいは潜入を防止する防衛体制をとり、集合場所においてもかかる学生団体のもぐり込みを排除、規制してきたのであつて、本件デモについても同様の準備をしていたのである。

原告としては、このように過激派学生の排除を行なおうとしているのであるから、右学生らの混入あるいは潜入を防止し、平穏なデモが整然と行なわれるようにするのは、むしろ警備警察の責任であつて、警備当局としては日米会議の開催が阻害されないように全力をつくすとともに、憲法で保障された国民の表現の自由が圧殺されないように全力をつくすのが当然であるのに、その責任を原告ら主催者に転嫁したのである。

第二に、本件の場合においては、いかなる過激派団体が、何名程度参加を企図しているか、過激派学生が参加のうえいかなる行動をとろうとしたのかが全く不明であり、過激派学生の行動によつて会議関係者の身体、自由に直接危険を及ぼすおそれが存在したとは、とうてい考えられない。

もし仮に、過激派学生が過激な行動をとるために本件デモにまぎれ込むことが予測されたとしても、過激派学生であるか否かの識別は旗等によつて外形的に可能であり、デモの出発点での分離、並進規制、分離規制によつてこれを事前に制御することは十分可能であつた。

(D) さらに被告らは、本件デモコースの道路事情をあげて、交通上の危険性を主張するが、右コースには、V字形のいわゆるへアピンカーブは一ケ所存在するのみであつて、他のカープはゆるやかであり、右V字形カーブも曲り角の幅員は、他の部分よりも広くなつており、道路交通上なんらの危険はない。また、宝ケ池トンネルについても、延長約二六五メートルで、徒歩で三分ないし四分、自動車では二〇秒以内で通り抜けができる距離であるし、トンネルは直線で、一方の入口から他方の出口を十分に見通すことができ、歩道が設けられていて、トンネル内を人が通行することを予定しており、その幅員は九メートルであるから、二台の自動車が対向してすれ違うのに十分の広さである。トンネル内の明るさについても、夜間デモが許されるところからみても、デモコースが暗いということは禁止理由に当らないことは明らかであるが、本件トンネル内は平均照度三〇ルックスの明るさがあり、見通しも十分にきき、かつ、人の位置関係や車の通ることも十分にわかるのであるから全く問題がない。もつとも、暗闇であつても、デモ行進をする側で照明器具を用いればよいし、デモの許可にあたつては、これを条件にすればよいのであるから、いずれにせよ問題にはなりえない。しかも、道路交通法第五二条及び同施行令第一九条により、自動車等は、トンネルの中では燈火をつけることを義務づけられているが、自動車等がトンネル内を通行する場合には、その燈火によつてデモ行進をしている人間の位置関係を十分に確かめることができるのであつて、何ら危険な点はない。

以上のとおり、本件デモコースは、道路交通上なんらの危険も存しないものであり、また、最も京都市内で交通量が多く、かつ、市電や大型市バスも走つている四条通り、河原町通りで、デモ行進が許されていることに比較しても、右のような道路事情を理由に警備、規制に困難が生ずることはあり得ないことである。

(E) 被告国は、本件デモコースの狐坂、宝池トンネルで座り込み等があつた場合には、道路の通行は困難となり、その排除は至難のものとなると主張する。

しかしながら、すでに述べたように、座り込み等の行動が現実に生起する蓋然性があつたものではなく、頭の中で考え出されたいわば机上の空論であり、警察の警備力によれば、座り込みの情報がもし具体的、現実的であつたなら、それに即応した警備実施計画を作成しておくべきであるし、現実にはそうした計画が立案されていたと思われる。三、〇〇〇人近い警察官を動員し、関西各府県警からの応援も求めている警備の実情からみれば、座り込みの排除は容易であつたと言える。

しかも、前述のごとく、日米会議の関係者が国際会館に行くためには、本件デモコース以外にも通路が存するのであるから、日米会議の開催の支障にはなりえないのである。

以上から明らかなように、本件不許可処分は「明白かつ現在の危険」が存しないにもかかわらず、本件デモ行進が行なわれることにより生ずる諸々の問題をあれこれ想定したうえで、万全の措置をとるためになされたものである。このような抽象的な理由によれば、殆んどすべてのデモは不許可になるであろう。

本件条例が憲法違反とならないような解釈をするためには、その第六条の「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合」というのは、きわめて厳格に解釈されなければならないが、本件不許可処分は、前述のように、本件条例を拡大解釈して行なわれたものであり、違憲無効である。

6  原告の損害

原告は、本件デモを企画し、これを主催するものであつたが、本件不許可処分によつて本件デモを実施することが不可能となつた。

ところで、本件デモが民主政治の根幹をなす表現の自由の一形態として、憲法第二一条によつて保障されたものであることは前記のとおりであつて、本件不許可処分が原告の右表現の自由を積極的に侵害する行為であることは言うまでもない。そして、本件デモは、日本政府並びに来日した米国政府の代表らに抗議し、ベトナム侵略戦争に反対する国民の声を直接会議関係者に知らせるため、日米会議の会場周辺において、整然と行なうことによつてはじめてその格別の意義と効果をもつものであつたが、原告は、本件不許可処分によつて右目的をも達することが不可能となつたのであり、さらに、右不許可処分によつて原告が暴力集団であるかのような印象を京都府民らに与え、原告の名誉、信用が著しく傷つけられたことにより多大の精神的損害を含む無形の損害を受けた。これらを金銭に見つもると、優に金二〇〇万円を下らない。

7  被告国の責任

内閣総理大臣佐藤栄作をはじめとする国の公務員は、前記日米会議の会議目的遂行のために、府公安委員会と共謀のうえ、本件デモを不許可にすれば、その結果、原告の憲法上の権利である表現の自由を違法に侵害することになることを充分認識しながら、敢えて府公安委員会をして本件不許可処分を行なわせたもので、国の前記公務員による右行為は、国の職務を行なうについてなされたものであり、従つて被告国の公権力の行使に当る公務員の違法な職務行為により原告が前記損害を被つたものであるから、被告国は国家賠償法第一条によりその賠償責任を免れない。

8  被告京都府の責任

府公安委員会は、本件不許可処分を行なうことによつて、故意に原告の憲法上の権利である表現の自由を侵害した。府公安委員会の右不許可処分は、京都府の職務を行なうについてなされたものであり、従つて、被告京都府の公権力の行使に当る公務員の違法な職務行為により原告が前記損害を被つたものであるから、被告京都府は、国家賠償法第一条により、府公安委員会の行なつた違法処分の責任を負うべきものである。

9  よつて、原告は被告ら各自に対し、慰藉料金二〇〇万円の内金一〇万円及びこれに対する右不法行為並びに損害発生の日の翌日たる昭和四一年七月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告国の答弁及び主張

(答弁)

1 請求原因1の事実のうち、原告の傘下団体数及び組織総員数は不知。その余は認める。

2 同2の事実のうち、日米会議が原告主張の日に国際会館で開催され、日本政府を代表して椎名外務大臣外六名の閣僚が出席したことは認める。アメリカ政府委員はラスク国務長官外六名の委員が出席し、ライシャワー駐日大使が同席した。日米会議の主要目的は次のとおりであつて、原告主張のようなものではない。すなわち、

同会議の主要目的は、

(一) 両国間の経済協力を促進する手段を検討すること。

(二) 特に、相互に利益のある貿易の継続的な拡大に悪影響を及ぼすような問題及び共同の検討を必要とする両国の経済援助計画に関する問題について情報及び意見を交換すること。

(三) 両国の国際経済政策におけるくい違いを除き、経済的協力を一層充分に行ない、貿易を振興するため、適当かつ必要と思われる措置に考慮が払われるようにそれらの討議についてそれぞれの政府に報告すること。

であり、その具体的議題は、

(一) 日米経済情勢(財政、金融及び国際収支事情を含む)。

(二) 日米貿易経済関係の推移。

(三) 国際貿易経済関係の推移。

(1) GATT、ケネデイ・ラウンド交渉。

(2) 低開発国貿易及び国連貿易開発会議。

(3) 東西貿易。

(四) 低開発諸国の経済開発における協力。

(1) 日米の経済協力政策と活動。

(2) アジア開発のための経済協力。

(五) その他。

(1) 日米の漁業問題。

(2) 日本の対米自動車輸出問題。

である。

3 同3の事実のうち、原告主張の原告外二団体が共同して反対闘争の態勢を組んだこと、原告が本件デモを計画し、昭和四一年七月三日、松井巌名で府公安委員会にその許可申請をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

4 同4の事実は認める。

5 同5の主張は争う。

6 同6及び同7の事実は、いずれも否認する。

7 同9の主張は争う。

(主張)

1 本件不許可処分の適法性

(一) 本件条例の合憲性

本件条例は憲法第二一条の規定に違反するものではない。すなわち

表現の自由といえども、国民はこれを濫用することはできず、つねに公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う(憲法第一二条参照)ものであり、かつ、前記のとおり、本件条例第六条において「屋外集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は」許可が義務づけられており、不許可の場合が厳格に制限されている点からみても、決して表現の自由を侵す違憲立法ではない。集団行動の条件が許可であれ、届出であれ、要はそれによつて表現の自由が不当に制限されなければ差支えないのである。

また、公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合には許可が与えられないことになるが、本件条例の対象とする集団行動が、場合によつては群衆心理の赴くところ不測の事態を惹起し、公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接かつ明白な危険を与えるに至ることがあり得ることにかんがみ、公安委員会が公共の福祉の保持の観点から諸般の状況を考慮して適切な条件を付することは憲法第二一条で保障する表現の自由を侵害することにはならないというべきである。

さらに、本件条例第六条は、許否又は条件を付する判断基準についても、前記のとおり具体的、明確に規定しているし、仮に右規定をもつても具体性ないし明確性を欠くとしても、「明白かつ現在の危険」の適用は地方的状況その他諸般の事情を具体的事例に即して考慮されなければならず、結局はその判断を公安委員会の裁量に委ね、その裁量権の正当な行使に期待せざるをえないものであるから、このことをもつて直ちに集団行動による自由を侵すものと断ずることはできない。

(二) 本件不許可処分の合憲性、合法性

本件不許可処分は、違憲無効の処分ではない。すなわち

(1) 原告は、本件条例第二条に規定する許可は実質的に届出と解すべきであり、同第六条についても、許可を行なう場合に必要最少限の条件を付することができる旨規定しているにとどまると主張するが、本件条例が、府公安委員会にデモなどの申請について許可、不許可を決定する権限を与えていることは明らかであり、同第六条の公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる事情が存するかどうかについては、諸般の情況を具体的に検討、考慮して判断すべき事項であるから、府公安委員会は右許可、不許可の決定についての裁量権を有することも明らかである。

(2) また、本件不許可処分にあたつても、府公安委員会に本件条例の解釈運用の誤り、ないし裁量権の濫用はない。すなわち府公安委員会は、本件デモ申請の許否について検討を行なつた結果、次のような理由により不許可としたものである。

(イ) 本件デモは、国際会館の専用道路を通ることになつているが、右専用道路は国際会館の管理地であつて、会館側は日米会議開催期間中は、会議関係以外の者の通行をいつさい禁止する旨明らかにしていた。従つて、右専用道路を本件デモが行進通過しようとすれば、会館側とデモ参加者との間に衝突が起こり、双方あるいは日米会議関係者の身体、自由又は財産に直接の危険が及ぶであろうことはいうまでもないことであり、さらに、右専用道路附近で本件申請にかかる二つのデモが対面することとなるので、その危険は倍加すると予想された。

(ロ) 本件デモ行進が行なわれる予定の時間、コースの主要部分が、日米会議関係者多数の通行する時間、通路と同一であり、本件デモコースである宝ケ池通り、修学院幡枝線は前記会館に通じる唯一の道路であつて、本件デモの目的及び過激派諸団体が本件デモに参加して日米会議の開催を実力で阻止しようとしているとの情報等からみて、本件デモと会議関係者の車輛とが出会つた場合には、会議関係者の身体、自由に直接の危険を及ぼすことが群衆心理の法則と現実の経験に徴して明らかであつた。

(ハ) 会議関係者の安全をはかるため、本件デモの時間を会議関係者が宝ケ池通りを通過する時間の前後にずらすことが考えられるが、日米会議開催中は会議関係者らが宿舎の都ホテル等との間を出入りするので、右の時間をずらす方法では対処できない。

仮に、本件デモが宝ケ池通りを通過する時間を会議関係者の通過する時間の前後にずらしたとしても、孤坂、宝ケ池トンネルで座り込み等があつた場合には、道路の通行は不可能となり、日米会議の開催に重大な支障を生ずることは明らかであつて、これを排除することは困難であるし、仮に排除できたとしても、後述する道路状況からデモ側と警察側の双方の生命、身体に危険を生ずることは明らかであつた。

(ニ) 本件デモコースのうち、宝ケ池通りの京都市左京区松ケ崎西池ノ内町から同区松ケ崎榎実ケ芝の右専用通路に至る部分は、いわゆる狐坂、宝ケ池トンネルであり、当時二車線の道路であつて、歩道、車道の区別がなく、ヘヤピンカーブ、トンネル、急勾配があつて、デモ行進がなされた場合、交通上危険な状態が生ずることは明らかであり、もしそれを避けようとすれば、その間他の車輛の通行を長時間にわたつて禁止しなければならなくなる。

以上の事実からすれば、本件デモが公衆の生命、身体、自由、財産に対して直接の危険を及ぼすことは明らかであり、府公安委員会の本件不許可処分は、裁量権の濫用がないことはもちろんのこと、デモ主催者の集団示威運動の自由を不当に制限するものでもない。

2 府公安委員会の故意、過失の不存在

仮に、本件不許可処分が違法であるとしても、公安条例の解釈は極めて微妙かつ困難なものとされており、現にその解釈をめぐつて学説、判例が多岐にわかれ、対立していたのであるし、本件条例についての具体的事件の処理において「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合」の認定も、諸般の情況を検討、考慮してなされる裁量であるから、その判断の誤りにつきその責任を論断することは困難である。また、当該認定に当つた府公安委員会は、自己の解釈を正当と信じ、公共の福祉を維持するため全力を尽したうえ本件処分をなしたものである以上、その結果につき、責任を問われるべきではない。

3 原告の損害の不存在

本件条例は、集団行動による表現の自由の特殊性にかんがみ特に主催者という地位を設定し、事実上団体が集団行動を主催する場合であつても、団体の多種、多様性を考慮して、団体自体を主催者とすることなく、その団体の代表者を主催者とし、本件条例上その者を権利義務の主体としていると解せられる(第四条、第九条)。特に、第四条第一号には「主催者の住所、氏名、年令、電話番号」と規定され、氏名、年令が要件とされているところからみて、団体の代表者たる個人が主催者であることは明らかである。そうであるとすれば、府公安委員会の本件条例に基づく処分により直接の利益、不利益を受けるのは右処分の名宛人である主催者であつて、参加者はもとより、事実上集団行動を主催した団体も、それにより集団行動をすることができるかどうかという事実上の、若しくは反射的利益、不利益を受けるにすぎず、右処分の直接の効力を受けるものではないというべきである。従つて、主催者以外の参加者、事実上集団行動を主催した団体等は、不許可処分を理由として精神的損害の賠償を請求することはできないと言うべきである。

原告は、訴状の当事者の表示及び請求の原因第一項の記載よりみて、事実上集団行動を主催した団体にすぎないことが明らかであるから、原告の請求は失当である。

仮に右の主張が認められないとしても、原告主張のように本件不許可処分により、原告の名誉、信用が著しく傷つけられたということはありえない。また本件不許可処分により、原告が暴力集団であるかのような印象を京都府民らに与えたという事実はなく、原告の構成及び日常の活動からして京都府民らが右のように原告をみなすことは通常ありえないことであり、さらに、本件の場合には、本件不許可処分決定後、原告から本件デモに代替するものとして洛北高校前……京都工芸繊維大学前……松ケ崎街道……大原街道……修学院幡枝線……同志社高校前のコースをとるデモの申請がなされ、府公安委員会はこれを許可しており、原告が右代替デモを行なつているのであるから、京都府民が原告を暴力集団であるかのようにみなすということは起りえないことである。

三、被告京都府の答弁及び主張

(答弁)

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、日米会議が原告主張の日時場所において開催され、原告主張の日本政府閣僚及びアメリカ政府側委員が出席したことは認めるが、右会議の主要目的は不知。

3 同3の事実については、被告国の答弁の3と同じである。

4 同4の事実は認める。

5 同5、同6及び同8の事実はいずれも否認する。

6 同9の主張は争う。

(主張)

1 本件不許可処分の適法性

(一) 本件条例の合憲性

本件条例は、昭和二九年六月旧警察法当時に京都市条例として制定されて以来今日まで平穏に実施されてきたものであつて、右条例の効力については、例えば最高裁判所において右条例を違憲とする判決があつた場合を除き、一応合憲有効なものと解すべきである。

府公安委員会は、本件条例を合憲有効なものとして適用し、本件デモについて不許可としたものであつて、右不許可処分は、他になんらかの理由のない限り、違法無効のものと言うことはできない。

(二) 本件不許可処分の合法性

本件不許可処分は、同条例に違背する違法のものではない。すなわち

(1) 原告は、本件条例はデモ行進につきいわゆる届出主義をとつたものと解すべきであると主張するが、本件条例はその第二条において、例外の場合を除き「公安委員会の許可を受けなければならない」と規定し、またその第四条において、許可申請の手続を規定している点などからみて、第二条の申請については、届出主義をとらず許可主義をとつていることは明らかである。

(2) さらに、本件不許可処分に裁量権の濫用はない。

府公安委員会は、その管理の下にある京都府警察より諸般の情況資料を蒐集し、過去の各事例を参酌し、また現場付近の状況、当時の社会情勢等を考慮のうえ、協議の結果、本件条例所定の不許可処分の基準に沿うものとして、やむなくこれを不許可にしたものであつて、決して単なる憶測や原告主張のような政治的意図の下に裁量権を濫用して、本件不許可処分を行なつたものではない。

2 原告の損害の不存在

原告は、本件において、本件不許可処分によつて本件デモが実施できなくなつたこと及び原告の社会的評価が毀損されたことに基づく精神的損害の賠償をも求めている。

しかし、自然人にあつては、客観的な社会的評価としての名誉信用と主観的な名誉感情とが並存し、この両者のそれぞれに対する侵害がありうるのであつて、この場合、主観的な名誉感情の侵害に対しては、いわゆる精神的損害の一種としての慰藉料の請求が成り立つのであるが、法人又は権利能力なき団体の場合にあつては、客観的な社会的評価としての名誉感情というものは性質上ありえないから、原告の主観的な名誉感情の侵害はありえない。

さらに、府公安委員会の本件不許可処分によつて、原告の団体としての客観的な社会的評価が毀損された事実も存しない。

以上の理由から、原告には本件不許可処分による損害は発生していない。

四、被告らの主張に対する原告の反論

1  「主催者」と損害の帰属について本件条例は、屋外集会、デモ行進等の許可申請手続において主催者という特殊の地位を設定している。そしてこの主催者が団体自体でなく個人であることは、被告国の主張のとおりである。

しかしながら、本件条例に関するすべての権利義務が一に右の主催者に属し、集会、デモを実質的に企画し、主催する団体のうける利益不利益は、事実上の又は反射的なそれにすぎないとする被告国の主張は、本末を顛倒させた議論である。

集会、デモ行進の実体をみれば、これを企画し、主催するのは、ひとつの目的をもつて組織された団体であるのが通常である。従つて、許可申請をなす者は、当該団体とするのが最も実体に即していると言えるが、個人をもつて主催者とする特殊の地位を設定したゆえんは、団体の多種多様性と行政手続上の便宜的要請に基づくものである。

すなわち、一口に団体といつても、その組織の形態及びその結合の程度、強弱は千差万別、多種多様であり、法人ないし社団たる団体から、集会、デモをするために一時期団体性をそなえ、デモ終了と同時に事実上解散するという団体までありうる。他方、本件条例に基づく許可申請件数は年間数百件の多くに及び、そのうえ一件の許可申請につき、許可申請者に対し、数回連絡、通知し、意見を聴取することが予定され、かつ、これが重要な法律上の手続要件となつている(同条例第六条第二項、第四項等)。こうした連絡、通知、意見聴取を直接デモ行進を主催する団体に求めていると、その団体の実体により、場合によつては、円滑さが害されるばかりか、通知そのものが送達されないという場合も考えられ、行政行為の確定的迅速的処理が不可能となることもありうる。そこで、本件条例は、右の事情の下で、実質的にデモ等を企画し、主催する団体の実体を詮索することなく、一律に主催者たる地位を設定させ、この主催者たる個人から許可申請手続を行なわせ、かつ、この個人に連絡、通知し、あるいは意見聴取をすれば足りるとしたものである。

本件条例第四条に「許可の申請は主催者である団体の代表者から」と規定されていることからも明らかなように、集会、デモを主催するのが団体であることを認め、それを当然の前提としているのである。

従つて主催者を個人とするのは、右のような限度において意義を有するのであつて、主催者はあくまで本件条例に基づく許可申請手続上の主体にすぎず、もともと集会、デモ行進を企画し、主催した当該団体の法律上の利益を横取りできる立場には立ち得ない。

憲法第二一条によつて保障された集合、デモ行進の自由は個人についてのみ適用されるものでなく、団体にも適用されることは自明の理である。本件デモについて言えば、これを企画し、主催したのは、原告であり、本件不許可処分によつて、集会、デモ行進の自由を侵害されたのは原告自身である。それだからこそ、被告らはともに、「原告は左の如き集団示威運動を計画して……原告代表者松井巌名をもつて……許可申請手続をなした」という原告主張の事実を認めているのであるし、また、本件不許可処分通知書においてひも、わざわざ「主催者京都総評松井巌申請にかかる……」として、「主催者松井巌」としていないのである。

以上述べたとおり、府公安委員会の本件不許可処分により直接法律上の利益不利益をうけるのは原告である。

第三  証拠<略>

理由

一原告が、自由にして民主的な労働働組合運動を強固な基礎の上に確立することを目的とし、京都府下に所在する単位労働組合、単位産業別労働組合等により構成された労働組合連合組織体であること、原告が、昭和四一年七月五日から七日までの三日間にわたり、国際会館において、日本政府を代表して椎名外務大臣外六名の閣僚、アメリカ政府を代表してラスク国務長官外七名が出席して開かれた日米会議の開催に反対し、日本社会党京都府本部、日本共産党京都府委員会とともに、右会議開催反対の声を結集して共同による反対闘争の態勢を組んだこと、そして、これらの声を日米会議出席者に直接伝えるために、原告がその主張のような本件デモを計画し、本件条例に基づき、昭和四一年七月三日、原告代表者松井巌名をもつて、府公安委員会あてに許可申請手続をなしたこと、これに対し、同委員会が、同月四日、原告の右申請を原告主張の理由により、本件条例第六条に基づき不許可としたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件不許可処分の違法性の有無について判断する。

1  まず、本件不許可処分の根拠となつた本件条例第六条及び第二条が憲法第二一条に違反して無効であるかどうかについて考えるに、本件条例の右規定による集団行動の事前の規制が、必ずしも表現の自由を保障した憲法第二一条の規定に違反するものでないことは、すでに、最高裁判所昭和四四年一二月二四日大法廷判決(刑集二三巻一二号一六二五頁)によつて示されているところであり、右の憲法判断は、民事事件である本件についても、なんら異なるところはないものと解されるから、当裁判所としては、その後特段の事情の変化も認められない現時点においては、これを尊重し、左記の諸点に留意しつつ、これに従うべきものと考える。

(一)  憲法により保障される基本的人権は、いずれも絶対無制限のものではなく、他人の基本的人権との衝突を調整する原理としての公共の福祉による内在的制約を伴なうものである。憲法第二一条の規定する集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由についても然りである。しかし、憲法が基本的な政治的原理とする代議制民主制の下では、主権者である国民は、主として選挙を通じて自らの主権を行使するが、これが憲法の予定するところに従つて有効に機能するためには、国民の間に主体的な思想ないし政治的意見が自由に表明されることが不可欠の前提をなすから、表現の自由に伴なう内在的制約を考えるに際しても、右の自由が人権保障規定の中で占める地位の重要性を十分認識すべきである。ところで、本件条例が規制の対象とする集団行動も右の表現の自由の一形態であつて、ことにマスメデイアが極度に発達した現代社会において、自己の意思を有効に表明する手段、機会をもたない一般大衆にとつて、右の集団行動は自己の意見や思想を主体的に表現する手段として、きわめて重要な役割を果たすものである。もつとも、これらの集団行動は、その性質上言論、出版による表現とは異なつた行動様式を伴なうところから、言論、出版による表現の場合とは若干異つた規制を必要とすることも否定できないが、その規制の態様、及び程度は、もとより前記公共の福祉による内在的規約として、やむをえない必要最小限度のものでなければならない。

(二)  前記昭和四四年の大法廷判決及びこれに引用されている最高裁判所昭和三五年七月二〇日大法廷判決(刑集一四巻九号一二四三頁、いわゆる東京都条例判決)における判断は、本件条例が、第二条において「道路その他屋外の公共の場所で集会もしくは集団行進を行なおうとするとき、又は場所のいかんを問わず集団示威運動を行なおうとするときは、公安委員会の許可を受けなければならない。」と規定して、集団行動について公安委員会の許可を必要としているが、他方、第六条第一項において、公安委員会は、集団行動の実施が「公衆の生命、身体、自由又は財産に対して直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外はこれを許可しなければならない。」と規定して、公安委員会に許可を義務づけており、不許可の場合を厳格に制限しているところから、前記第二条の規定にかかわらず、本件条例の定める許可制は、その実質において届出制と異なるところがないことを主たる根拠としている。そして、右各判決における判断は、いずれもいわゆる新潟県条例第四号に関する同裁判所昭和二九年一一月二四日大法廷判決が示した「行列行進又は公衆の集団示威運動は、公共の福祉に反するような不当な目的又は方法によらないかぎり、本来国民の自由とするところであるから、条例においてこれらの行動につき単なる届出制を定めることは格別、そうでなく一般的許可制を定めて、これを事前に抑制することは憲法の趣旨に反し許されないと解するを相当とする。」という基本的判断を変更したものではなく、むしろ、右判断を前提とするものと解されるから、本件条例第二条、第六条の規定する許可制については、許可の概念、用語に左右されることなく、前記憲法の趣旨にてらし、実質的には届出制として機能するよう解釈、運用しなければならない。

(三)  さらに、本件条例第二条は、前記のとおり、集団示威運動については、場所のいかんを問わず、これを一般的に制限する規制方式をとつていること。同第六条所定の許否を決める判断基準も、前記東京都条例の「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」という要件と比較した場合にはより具体的であると言えるが、一行政機関である公安委員会が、集団行動を事前に規制するための基準としてはなお抽象的にすぎるきらいがあり、公安委員会が憲法の趣旨に従つてこれを厳格に解することなく、取締りの便宜に傾いたときには、濫用のおそれがあること、公安委員会が許否の決定をしない場合の救済規定が明示されていないことなどの諸点は、原告が指摘するとおり不十分、不完全なものであつて、厳格な合憲的解釈と妥当な運用がなされない場合には、表現の自由を侵害する危険性を包蔵するものである。前記東京都条例に関する昭和三五年大法廷判決が、本件条例と殆んど同内容の東京都条例に関し、許可又は不許可の処分をするについて、前記要件に該当する事情が存するかどうかの認定が公安委員会の裁量に属すること、許否決定が留保されたまま行動実施予定日が到来した場合の救済手続を欠いていること、集団行動実施場所に関する制限の包括性などを理由として直ちに同条例を違憲とはなしえないとしつつ、他方、同条例といえども、その運用いかんによつては、表現の自由を侵す危険性のあることを指摘し、公安委員会がその権限を濫用して、公共の安寧の保持を口実に、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう極力戒心すべきことを強調しているのもそのためであると解される。

2  次に、本件不許可処分が、違憲、違法であるかどうかについて検討する。

(一)  まず、公安委員会が、集団行動を事前に全面的に禁止できるのはいかなる場合であるかを考えるに、すでに判示した本件条例の定める許可制の実質と、前記第六条第一項及び同項第六号の規定をあわせ考えると、右の全面禁止が許されるのは、当該申請にかかる集団行動が実施されるときには、公衆の生命、身体、自由又は財産に対する直接の危険が、具体的、客観的に存在し、かつ、進路、時間の変更等に関する条件を付することによつても、なお右の危険を防止できないことが明白な場合に限られると解するのが相当である。

(二)  そこで、本件不許可処分が右の要件を具備したうえでなされたものであるかどうかにつき、以下検討する。

(1) 本件不許可処分がなされるに至る経緯及び右処分後の事情

<証拠>を総合すると、次の事実が認められ、<証拠判断省略>。

(イ) 日米会議が国際会館会議場において開催されることは昭和四一年五月頃に確定し、京都府警警備当局は、その頃から同会館で日米会議が開催される場合の警備上の問題点につき検討を始めたが、日米会議が国際会館が落成してはじめての会議であり、かつ同会議及び今後同会館で開催される各種の国際会議には内外の要人が多数参加することが予想されるところから、これらの会議の開催に際し警察上の問題で非難を受けるような事態を招いてはならないとの考えの下に、同年六月九日の府公安委員会議に同府警堀真一警備部長が出席し、公安委員に対し、会議場を目標とするデモの扱いについては慎重を期し、かかるデモ申請がなされても原則としてその許可はできるだけさし控えてもらいたい旨希望した。

(ロ) 府公安委員会は、前同日、これをうけ、「日米会議におけるデモの取扱いについて」と題し、同会館付近でのデモの規制についての基本方針を検討した結果、同会館前専用道路(岩倉橋――宝ケ池交差点間)宝ケ池公園遊歩道(千石橋――宝ケ池交差点間)におけるデモについては、行政指導を行なつて極力これを抑制すること及び申請者側が行政指導に応じないときは、デモコースの変更もあり得ることを確認した。

(ハ) その後同月一七日、同月二三日にそれぞれ公安委員会議が開かれ、いずれも前記堀警備部長が出席して各時点での情報等が報告されたが、これらの段階では、いまだ本件デモを含め、日米会議に対する抗議集会、デモ計画等の詳細は明かでなかつた。

(ニ) 同月三〇日、原告事務局長谷内口浩二外数名は、本件デモの正式申請に先だち事前折衝のため、京都府警本部公安委員会室において、府公安委員長湯浅佑一に面会を求めて本件デモの概要を説明し、その際公安委員会としての基本的姿勢ないし方針をただしたところ、同委員長は、憲法及び公安条例の精神からしてデモは許可するのが原則であるから、全面禁止ということは考えていないが、交通上の問題や会議の時間との関係など考慮しなければならない点もあるので、具体的内容については事務当局と話をされたい旨の回答をえた。そこで、谷内口事務局長らは直ちに事務局にあたる府警警備二課に赴き、担当者である同課の林警視らに、公安委員長との会談の内容及び本件デモの日時、進路などにつき具体的に説明し、事実上の本件デモの許可申請を行なつたが(本件条例第四条により、主催者は集団行動を行なう日時の七二時間前までに所定の許可申請書二通を開催地を管轄する警察署を経由して提出するものとされているが、従来から、本件の場合と同様、右の許可申請に先だちまず事前の説明ないし折衝がなされることがあり、その場合には主催者側の申入れによりその時点で右の許可申請があつたものとして事実上取扱われていた。)その際、谷内口事務局長らは、デモコース中の国際会館専用道路の通行が万一困難な場合には若干迂回して宝ケ池通りを通ることになつてもよい旨伝えたところ、林警視らは、これらをいずれも了承したうえ、後刻公安委員会の結論をえて連絡する旨答えた。

(ホ) 府公安委員会は、同年七月一日の公安委員会議において堀警備部長から、ラスク長官らは七月四日午後七時三〇分伊丹空港に着き入洛するが、同月二日には、抗議集会、同四日には、京大同学会の集会、反戦学生同盟の東山会館、都ホテル間の集団行進、日共系主催の原水禁学生大会、同五日には、総評、社会党、共産党の本件デモ、同日夜には日共系の京洛センター、都ホテル間のデモ、同六日には三宅八幡、国際会館間のデモがそれぞれ計画されている旨の情況報告及び警護、警備部隊の編成計画についての報告を受け、日米会議の警備及びデモの取扱いについてさらに検討した結果、ラスク長官らが宿泊する都ホテル付近並びにノートルダム女学院以北、修学院幡枝線の鞍馬街道以西、大原街道の上高野派出所以西を含む国際会館近辺の道路については、デモを認めない旨の基本方針を定めた。

(ヘ) 同月二日、府警警備部は、府公安委員会の右基本方針の下に、事実上許可申請がなされていた本件デモについて、これを許可できない旨谷内口事務局長に伝達した。これに対し、谷内口事務局長外数名は、同日、堀警備部長らに面会を求めて抗議を行なつたが、その席上、同警備部長は、会議場を起点として半径二キロメートル以内はいつさいの集会及びデモを禁止すること、これは公安委員会の正式決定ではないが、警備をする警察が責任を持てないといえば十中八、九は公安委員会の決定となること、日米会議の成功は国家的使命であり、警察としては不測の事態の発生を防ぐためにも万全の措置をとることなどを内容とする発言をした。

(ト) 同月四日本件デモにつき書面による正式申請がなされ、これに基づき府公安委員会は翌四日、五人の公安委員中石野、長沢、西村の各委員出席のうえ本件デモ申請について検討した結果、本件条例第六条によりこれを不許可にする意向を確認し、主催者側の意見を聴取して再度審議したうえ、最終的に不許可の決定をなし、主催者にその旨伝達した。

(チ) 本件不許可処分後の同月一五日の公安委員会議において、石野公安委員は「将来今回のようなケースの会議が開催され警備計画を検討する場合、会館付近を通るデモは認めてはどうか。たとえ会館付近で学生デモがあつたとしても、現在の警察力で十分制圧できるのではないかと思われるので、考えていただきたい。」と発言し、これに対して堀警備部長から「将来はそのような点も考えて警備計画を策定したい。なお 今回の場合デモがたとえ会館付近で行なわれたとしても十分押えられたものと考えるのであるが、特に会館長から強い要請もあり、また初めての国際会議でもあり、さらに、ハノイ、ハイフオンなどの爆撃等の客観情勢に悪条件が加わつたので、強い規制措置をお願いした。」との発言がなされた。

(2) 本件不許可処分の理由についての具体的検討

府公安委員会が本件デモの許可申請を不許可にした理由が、原告主張のとおり(事実摘示第二の一の4記載の(イ)、(ロ)の各理由)であることは当事者間に争いがない。

そこで、右(イ)、(ロ)の各理由について順次検討する。

イ (イ)の理由について

<証拠>を総合すると、本件デモは、前記のとおり、日米会議に反対し、ラスク国務長官に反対するため原告傘下の労組、社会党、共産党の諸団体によつて、二コースにわかれ、それぞれ七月五日午前八時から正午までの間に参加人員各一、〇〇〇名の予定で行なわれるものであつたこと、当日は日米会議の初日に当り、会議関係者が多数車輛により国際会館へ出入りすることが明らかであつたこと、そして、これら会議関係者が国際会館に至るためには、申請された本件デモコースを少なくとも一部通行しなければならなかつた事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、右のような事実が認められるからといつて、会議関係者が右道路を通行する場合は「デモ行進の目的等から考えても群集心理の赴くところ、不測の事態を惹起し、会議関係者の身体又は自由に直接危険を及ぼすこと」が明らかであるとはとうてい断定できない。

のみならず、<証拠>によると、府公安委員長及び府警警備当局は、本件デモの参加団体である原告傘下の労組、社会党及び共産党の行なうデモは従来から整然と行なわれ、統制が保たれているので信用している旨明言していたこと、他方、本件デモの主催者側も六月三〇日及び七月二日の警備当局との折衝の際、本件デモは日米会議及びラスク国務長官の入洛に抗議する意思を表明するだけで平穏な行進を行なう旨約していたことがそれぞれ認められるのであつて、これらの事実から考えると、前記結論部分は独断のそしりを免れない。

もつとも、被告国は、本件デモに過激派諸団体が参加して、日米会議の開催を実力で阻止しようとしている旨の情報があり、前記道路状況等から、過激派団体の参加した本件デモと会議関係者の車輛が出合つた場合には、会議関係者の身体、自由に対する前記危険があつた旨主張する。そして、<証拠>を総合すると、昭和四一年七月初旬頃から日米会議及びラスク国務長官の入洛に反対する運動はかなりの規模をみせ、同月六日頃までの間に前記原告ら三団体以外の学生諸団体、京都反戦青年委員会などにおいても抗議集会やデモ行進を計画し、警備当局が収集した学生諸団体等の各種ビラ中には、本件デモへの参加を呼びかけているものが存在したこと、右ビラや新聞記事中には、日米会議を「実力で阻止」するなどの表現もみられたこと、さらに、過去における総評、社会党、共産党などの行なつたデモに、警備当局が過激派と目する集団が加わつた場合もあつたことなどが認められ、また、前記証人らの各証言中には、過激派による本件デモコース上での坐り込みや会議場爆破の情報があつた旨の供述がなされている。

しかしながら、右の坐り込みや会議場爆破の情報があつた旨の供述については、単に右のような情報があつたというにとどまり、右情報の出所、具体的内容などはいつさい明らかでなく、また、右情報の信憑性を担保するなんらの客観的資料もない。さらに、いわゆる過激派集団の参加じたいについても、前記ビラ類が存在する程度で、いかなる過激派集団がどの程度本件デモに参加し、いかなる行動を行なおうとしていたかなどの具体的事実については、本件全証拠によるも全く明らかでない。のみならず、前記各証拠によると、警備当局において把握していたいわゆる過激派団体の動員可能人員は最大限約一、二〇〇名程度であつたこと(本件デモが不許可になつた後に、原告らが行なつた代替デモには二〇〇ないし三〇〇名程度しか参加していない)、これに対し、警備当局は、日米会議の参加者を直接警護する役目の者として五五〇名、同会議場付近を中心に警備に当たる者として、二、九六六名(内訳、京都府警一、七四一名、大阪府警、兵庫警等からの応援一、二二五名)計三、五一六名の警察官などを動員して、日米会議の警護及び警備に当たる予定をなし、情勢によつては、さらに近畿各府県警から一、〇〇〇名程度の応援をとることも十分考慮していたこと、本件デモの実施予定日時である前記七月五日午前中には、他にデモなどの計画はなかつたことなどの事実が認められ、これらの事実から考えると、仮に被告国の主張するような情報があつたとしても、警備当局には、これに対処して危険を防止しうる人的、物的条件が整つていたものと認められる。

また、前記証拠によると、本件デモの主催団体においては、前記デモの目的をかかげて平穏に行進することを予定し、いわゆる過激派集団などが本件デモに参加して暴力その他過激な行動に出ることを容認していたものではなく、本件デモの参加者に対しては、主催団体の統制に服させるように努める意思を有していたものであつて、警備当局も主催団体の右意向を了知していたことが認められるから、もし過激派集団が、本件デモに割り込み参加するなどして、会議関係者及び公衆の生命、身体、自由、財産などを侵害するような行為に出るときには、それらの者の危険防止の見地からはもとより、かかる集団の割り込み参加などにより平穏なデモ行進が妨害されることを防ぐため、その場の具体的情況に応じ、多数の警察官をもつて、右の割り込み参加を分離するなどの方法で規制し、あるいは過激な行動を鎮圧、防止することにより、平穏なデモが円滑に行なわれるようにすることこそ、警備警察の本来の責務であるというべきである。しかるに、公安委員会が本件不許可処分をなすに当たり、これら警察力をできる限り動員し、有効に配備するなどの方法により、本件デモが実施された場合に起りうる危険を防止、排除する方策を具体的に検討し、そのうえで右の警察力をもつてしても、なおかつ公衆の生命、身体等に対する直接の危険が避けられないとの結論に到達したことを認めるに足りる証拠はない。

さらに、被告国は、本件デモの予定時間、コースの主要部分が日米会議関係者の通行する時間及び道路と一致すること、本件デモコース中には狐坂や宝ケ池トンネルなど道路交通上危険な箇所が存在している旨主張するが、右のうち前者については、本件デモの時間帯を会議関係者多数が通行する時間帯の前後にずらすなどの方法により対処することは十分可能であつたと判断され、後者についても、前記証拠によると、狐坂については多少のカーブは認められるもののV字型のカーブは一ケ所のみであり、一般に二車線程度の幅員があり、宝ケ池トンネルについても、自動車が対向してすれ違う程度の幅員があり、距離も短かいことが認められるから、これらの道路状況から直ちに危険性があるものとはいえず、右V字型のカーブや宝ケ池トンネルなどで二つのデモが交差することを避けるとか、その場所での坐り込みを排除するなどの方法をとることは、前記警察力からすれば技術的に十分可能であつたと認められるから、これらの事情も本件デモを不許可とする理由にはならないことが明白である。

ロ (ロ)の理由について

前記のとおり、本件デモコース中に国際会館のいわゆる専用道路が含まれていたこと、そして、<証拠>によると、右専用道路は国際会館の管理地であつて、会館側は府警警備第二課長の照会に対し、昭和四一年七月四日付で、本件デモの右専用道路の通行については、国際会議の運営に支障をきたす慮れがあることを理由にこれを拒絶し、管理者としてデモ行進等がなされる場合には断固としてこれを阻止する旨の回答をしていたことが認められる。しかしながら、前記(二)の(1)の事実と、証人谷内口浩二、同堀真一の各証言を総合すると、前記のとおり、原告の谷内口事務局長は六月三〇日府警警備二課で事実上の本件デモの許可申請をした段階において、右専用道路が会館側の都合により通行できない場合には、大回りしてその北側の宝ケ池通りを通行するコースでもよい旨申入れていたものであり、右申入れの内容については、府公安委員会も了知していたことが認められる。従つて、右専用道路の通行が管理者である国際会館側によつて禁止され、会館側とデモ参加者との間の衝突を避けるためを得ない場合には、主催者側においてもあらかじめ了解していた右宝ケ池通りに大回りするコースに進路を一部変更することにより容易に右危険を回避できたわけであるから、右の点も本件デモの全面禁止の理由とならないことは明らかである。

(三) 以上(二)で検討したところによると、府公安委員会の本件不許可処分は、日米会議が国際会館における最初の国際会議であつたことなどから、会議出席者の安全と会議場周辺の静穏を保持することに急なるあまり、不測の事態を避けるための万全の措置をとるという基本的方針のもとに、本件デモが行なわれた場合、公衆の生命、身体、自由又は財産に対する直接の危険が具体的、客観的に存在するかどうか、進路、時間の変更等に関する条件を付することによつて右危険を防止できないかどうかなど前記集団行動の全面禁止の要件(前記2の(一))を慎重に判断することなく、右要件を欠くにかかわらずなされたもので、公安委員会が本件条例第六条の解釈、運用を誤り、その裁量の範囲を逸脱してなした違法の処分であるのみならず、集団行動による表現の自由を不当に侵害するものとして、憲法第二一条に違反する違憲の処分であるといわなければならない。

三被告京都府の責任

府公安委員会は、本件条例の解釈、運用に当つては、前記集団行動による表現の自由の重要性にかんがみ、国民の右自由を不当に侵害することのないよう細心の注意を払い、慎重にこれを解釈、運用すべき職務上の注意義務を負うことはいうまでもない。

しかるに、すでに認定した事実によれば、府公安委員会は、本件デモ申請の許否を審議するに当つて、本件デモが前記全面禁止の要件を具備したものであるか否かを必ずしも慎重に審議することなく、日米会議出席者の安全と会議の円滑な進行をはかり、会場附近の静穏を保持することに急なるあまり、そのための万全の措置をとるという基本方針の下に、前記全面禁止の認められる場合でないにもかかわらず本件不許可処分を行なつたものであるから、右処分につき少なくとも過失の責任を免れないものといわなければならない。

そうすると、本件不許可処分は、地方自治法第二条第二項、第三項一号、警察法第三八条の規定により被告京都府の公権力の行使に当たる府公安委員会がその職務の執行としてなしたものであることが明らかであるから、被告京都府は、国家賠償法第一条により、原告に対し後記損害を賠償すべき義務を免れない。

四被告国の責任

原告は、本件不許可処分は、国の公務員が府公安委員会と共謀のうえ行なつた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。従つて、被告国には賠償責任は存しない。

五原告の損害

1  まず、本件不許可処分によつて表現の自由が侵害されたことにより、原告が精神上の損害を被つたとして慰藉料を請求できるかについて検討する。

この点について、本件条例が「主催者」たる地位を設定し、団体が集団行動を主催する場合においても、団体自体を「主催者」とすることなく、団体の代表者たる個人を「主催者」としているところから、本件不許可処分について直接の利益、不利益を受けるのは右処分の名宛人である個人たる「主催者」であつて、事実上集団行動を主催した団体は、事実上の、若しくは反射的利益、不利益を受けるにすぎず、不許可処分を理由とする精神的損害の賠償を請求することはできないとする見解がないではない(本件における被告国の主張)。

しかし、本件条例の右のような「主催者」の設定と本件不許可処分についての直接の利益、不利益の帰属主体の判断とはおのずから別個のものであり、右帰属主体の判断に当つては、実質上誰が本件デモを企画し、実行しようとし、本件不許可処分によつて精神的損害を被つたかという面から判断がなされなければならない。すなわち、本件条例が、「主催者」なる地位を特に設定し、これ個人に限定している趣旨は、第一には、集団行動を行なおうとする団体の形態が、法人たる団体から集団行動を行なうことを目的として、一時的に構成された団体まで多種、多様であるところから、団体を確定させたうえで団体から許可申請させるという方法をとらず、団体の構成員から随時代表者を選出して代表者個人から許可申請ができるよう手続を簡易化したものであり、第二には、本件条例が許可申請者に対し連絡、通知、意見の聴取などを行なうことを予定し(第六条第二項、第四項等)、かつ、これが本件条例の適切な運用上重大な手続となつているところから右の連絡、通知、意見聴取上の便宜のためであり、単に申請、許可の手続上の主体たらしめたにすぎないと解するのが相当であつて、本件デモの実体をみれば、これを企画し、実行にうつそうとしたのは原告であり、本件不許可処分に直接利害関係を有するのも原告であるから、本件不許可処分による精神上の損害の賠償を請求できる地位を有するのはあくまでも原告であるといわなければならない。

2  <証拠>によると、原告は本件デモの申請が許可されることを予想してコース等を記載した呼びかけのビラを印刷するなど準備を整えていたが、前記認定のような経過から前日の七月四日になつて不許可になつたので、やむをえず、これに代るものとして、同じ目的で、洛北高校前――京都工芸繊維大学前――松ケ崎街道――大原街道――修学院幡枝線――同志社高校前のコースについてデモ申請をし、これが許可されたので、原告主催のもとに七月五日に行なれたこと、右代替デモに参加した人員は僅か二〇〇ないし三〇〇名で、本件デモの参加予定人員を大きく下回り、また、コースが国際会館から遠く離れたため原告が期待した効果をあけることができなかつたこと、本件不許可処分の理由において(事実摘示第二の一の4記載)、あたかも原告傘下労組、社会党、共産党等の諸団体がデモを行なうときは群集心理の赴くところからして秩序ある行動がとれず、暴力的所為に出て不測の事態を惹起させるおそれが多分にあるかの如き表現をしていること、七月四日になつて急に本件デモを取りやめ代替デモを行なうことになつたため、その旨の連絡等の費用に原告だけで一七万ないし二〇万円を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、原告が本件訴訟において主張する損害は、要するに、日米会議開催に抗議し、ベトナム戦争に反対する原告の声を会議関係者に直接聞かせるという意図が本件不許可処分によつて不可能となつたこと及び本件不許可処分によつて原告が暴力集団であるかのような印象を一般に与え、名誉、信用を著しく傷つけられたことに対する精神上の損害を含むいつさいの無形の損害であるが、法人あるいは権利能力なき社団には、もとより精神上の苦痛とか主観的名誉感情というものを考えることはできないから、原告の意図した日米会議開催に抗議し、ベトナム戦争に反対する原告の声を会議関係者に直接聞かせることが実現不可能になつたこと及び名誉、信用を毀損されたことに対する精神的苦痛や主観的名誉感情の損害を金銭で賠償せしめることはできないが、法人等といえども一個の人格者であるから、精神上の苦痛以外の無形の損害や社会的評価としての客観的名誉が毀損されたことに基づく損害については、金銭的評価が可能である限り民法第七一〇条の適用があると解すべきである。

これを本件についてみるに、右に認定したところによれば、原告は本件不許可処分により精神的苦痛以外の無形の損害及び社会的評価としての客観的名誉を毀損されたことに基づく損害を受け、かつ、右各損害は金銭に評価することができるというべきである。

3  そこで、これらの損害額について考えるのに、前記認定のような、原告の構成、目的、社会的地位、活動状況、社会的評価、加害の程度、被侵害利益の重要性その他諸般の事情を総合勘案すると、金五〇万円が相当であると認められる。

六よつて、原告の本件請求のうち、被告京都府に対し、金一〇万円とこれに対する本件不許可処分がなされた日の翌日である昭和四一年七月五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるから、これを認容し、被告国に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言については、その必要がないものと認めてこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(上田次郎 川端敬治 松本信弘)

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